魔筆の囁き

   

初めて訪れた町で偶然入った古道具屋の奥で、一本の古びた万年筆を見つけた学者のトーマス。万年筆には特異な装飾が施され、何とも言えない魅力を放っていた。その魅力に引き寄せられた彼は、それを手に取った。

店主が彼の方を見て微かに笑った。

「ああ、あんたがそれを選んだのかい。そいつはとても珍しい代物じゃよ。」

「ほう…。どういうわけですか?何か特別な歴史でも?」

とトーマスが問いかけると、店主は謎めいた微笑みを浮かべて、目を細めた。

「それは、お前さんが自分で見つけるべきことじゃな。使っているうちにわかるじゃろう。」

とだけ彼は言った。

その言葉に興味をそそられ、トーマスは万年筆を購入した。
自宅へと戻った彼はノートを開き、試しに何かを書き始めた。しかし、万年筆がページを滑る度に、彼が書いた言葉が不可解な文字に変わっていったのだ。

トーマスは驚きつつも、その現象に興味を引かれて研究し始めた。彼は夜通しでその万年筆で文字を書き、それが何を表しているのか解き明かそうとした。

そして、万年筆で文字を書くたび、彼の頭の中に囁きが聞こえてくるようになった。それは、最初は意味不明な言葉だったが、次第に意味が理解できるようになってきた。そして、その声の主がアブドゥル・アルハザードと名乗ったとき、彼の心は恐怖と興奮に震えた。

その囁きに取り憑かれるようになり、トーマスは次第に自我を失い、現実と虚構の境界が曖昧になっていった。
文字を書いているのが自分なのかアルハザードなのか、段々とわからなくなってきた。

そして、ある晩、トーマスが自覚の無いまま書き綴った文字が何かを呼び覚ました。

部屋の隅から、闇がゆっくりと立ち上がり、彼の方へと忍び寄ってきた。その直後、トーマスの意識は突然、本来の自我へと戻った。

目の前に迫る闇を認識したトーマスの絶叫とともに、部屋は再び静寂に包まれた。

翌日、彼の部屋を訪れた同僚が見つけたのは、彼の姿の消えた部屋と、床に落ちている古びた万年筆だけだった。

(了)

※noteからの転記です

魔筆の囁き

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